- 2025年の職場における熱中症の死傷者数は1,803人で、統計を取り始めた2005年以降で最多 (厚生労働省 確定値)。前年の1,257人から546人増えた。
- 2025年6月1日施行の改正労働安全衛生規則で、熱中症の「報告体制の整備」と「症状悪化防止の手順整備」、それぞれの周知が罰則付きで義務化された。期限は対象作業を行う日の作業開始前まで。
- 解決は、新しいシステムを入れることを義務の条件にしないこと。紙の掲示・朝礼での周知でまず義務を満たし、対応記録や振り返りの画面化は、そのあとの任意の備えとして段階的に進める。
「毎年、倉庫の暑さ対策は現場の判断に任せてきました。今年から罰則もあると聞いて、うちは何をどこまでやればいいのか正直分かっていません」── 中小の青果卸・食品卸の経営者や倉庫責任者から、こうした声を伺うことが増えました。夏場の炎天下での積み込みや、冷蔵・冷凍庫と外気を行き来する作業は、卸売の現場では毎年のことで、これまでは「声をかけ合う」「休憩を挟む」といった現場の裁量に委ねられてきた部分です。
この記事では、2025年6月に施行された改正労働安全衛生規則の熱中症対策義務の内容と、2025年の職場の熱中症統計から見える卸売業界にとっての意味を確認した上で、新しいシステムの導入を急がず、まず紙と掲示で義務を満たし、対応記録の画面化はそのあとの任意の備えとして段階的に進める考え方を解説します。
数字で見る、熱中症対策義務化の背景
- 職場の熱中症による死傷者数(死亡+休業4日以上)は2025年に1,803人となり、統計を取り始めた2005年以降で最多を更新した。前年の2024年は1,257人で、546人(約43%)増えた (厚生労働省「令和7年『職場における熱中症による死傷災害の発生状況』(確定値)」)。
- 死亡者数は19人で、前年の31人から12人減少した (同、厚生労働省 確定値)。前年の2024年の死傷者数・死亡者数は別途、厚生労働省の確定値で公表されている (厚生労働省「令和6年『職場における熱中症による死傷災害の発生状況』(確定値)」)。
- 業種別の死傷者数は、製造業365人(全体の20.2%)が最も多く、建設業292人(16.2%)、商業237人(13.1%)と続く。ここでの「商業」は卸売業・小売業などを含む区分であり、卸売業単独の内訳ではない (厚生労働省 令和7年確定値)。
- 年齢別では65歳以上が278人で最多、50代以上が全体の約52%を占めた (同、厚生労働省 確定値)。中小卸の現場でベテラン人材の年齢層が上がっている傾向とも重なる。
- 食品産業の労働災害発生頻度は、人数当たりで全産業・製造業平均の2倍以上、時間当たりでは全産業の約2倍という水準が農林水産省の資料で示されている (農林水産省「食品産業の労働災害発生状況」)。
- 制度面では、2025年6月1日施行の改正労働安全衛生規則(第612条の2)により、暑熱な場所で連続1時間以上、または1日4時間を超えて行われる作業を対象に、事業者に「報告体制の整備」「症状悪化防止のための手順の整備」とそれぞれの周知が罰則付きで義務付けられた (厚生労働省 基発0520第6号 令和7年5月20日)。
厚生労働省は、2025年の死亡者数が減った背景として、この体制整備の義務化により重篤化防止の対応が進んだ可能性を挙げていますが、猛暑日数や搬送の早さなど他の要因も影響し得るため、この統計だけから「義務化の効果」と断定することはできません。確かに言えるのは、猛暑が珍しくなくなる中で、屋外や高温多湿の環境で作業する現場では「対策をしていない」こと自体が労務リスクになったという事実です。全国の死傷者数は業種を問わない値なので、まずは自社の倉庫・配送現場に、WBGTや気温の条件に当てはまる作業がどれだけあるかを数えてみることから始めたいところです。
業種別シナリオ ── 夏の倉庫・配送現場で起きること
以下は複数のご相談内容を組み合わせた代表シナリオであり、特定の実在企業を指すものではありません。
代表シナリオ 1: 青果卸 (市場のせり場+屋外の積み込みヤード)
早朝のせりのあと、日中は屋外の積み込みヤードでの荷役作業が続く。パート従業員も多く、年齢層は幅広い。「体調が悪そうだったら誰かが気づくはず」という暗黙の了解はあるが、誰が最初に報告を受け、誰が休憩や搬送の判断をするかは決まっていない。
代表シナリオ 2: 食肉卸 (冷蔵・冷凍庫と炎天下のトラックヤードの往復)
加工場の冷蔵・冷凍エリアと、炎天下の荷降ろしヤードを何度も往復する。温度差が大きいため体調の変化に気づきにくく、「さっきまで元気だったのに」という体調急変が起きやすい。手順として何をどこまで確認すべきか、現場任せになっている。
代表シナリオ 3: 飲料卸 (夏場に配送量が増える繁忙期)
夏はソフトドリンクや飲料水の配送量そのものが増える繁忙期。ドライバーは炎天下での配達・荷降ろしを1日に何十件も行い、運行中は本人にしか異常に気づけない場面が多い。繁忙期の忙しさが優先され、暑さ対策の話し合いは後回しになりがちだった。
解決の核 ── 義務は紙と掲示で先に満たし、画面化は後から
改正労働安全衛生規則が求めているのは、報告体制と対応手順を「定めて、周知すること」であり、専用のシステムを導入することではありません。まずはこの義務を、今シーズン中にコストをかけずに満たすことが優先です。
具体的には:
- 紙の掲示物・朝礼での声かけ・緊急連絡先の一覧表で、報告体制の整備と周知はまず完了できる。義務の履行に、新しいアプリや機器は必要ない。
- 体制は「対象作業を行う日の作業開始前まで」に整える。夏場の屋外作業のように一定期間続くことが分かっている場合は、シーズンに入る前に余裕をもって準備し、周知しておく。
- 紙と掲示で義務を満たしたあとで、誰がいつ不調を訴えたか、どう対応したかという記録を画面に書き写す観察用の画面を追加すると、来シーズンの振り返りに使える材料になる。
- 複数の倉庫や配送拠点がある場合は、拠点ごとのWBGT超過日数や対応件数を1つの画面に集約すると、来季の設備投資(空調服やスポットクーラーなど)の判断材料になる。
現場の朝礼や声かけのやり方は変えず、「誰が」「いつ」「どう対応したか」という記録の残し方だけを画面の裏側に足していく ── これが、義務は今すぐ満たしつつ、システム化は無理のない範囲で進めるという順序です。
既製品で足りない理由
- 建設業向けの安全管理アプリは複数あるが、卸売・倉庫の現場入力を想定した設計になっているかを確認したい。工事現場の常駐管理者を前提にした画面構成だと、兼任の倉庫責任者には操作が重くなることがある。
- 汎用の勤怠・労務管理ソフトに、熱中症の報告体制や対応記録の項目がそもそも用意されているかを確認したい。給与計算や勤怠打刻が主目的の製品では、体調報告の記録機能は想定されていないことが多い。
- WBGT計や空調服などのハードは補助金の対象になるものもあるが、記録や振り返りの画面まで含まれているかは別に確認したい。機器の導入と、運用記録の可視化は別の話になりやすい。
- 倉庫と複数の配送ルートをまたいだ集計ができるかどうかを確認したい。拠点ごとに紙やExcelで記録が分散すると、シーズン後の振り返りに手間がかかる。
取り組み方の 3 ステップ
- 義務を先に満たす (今シーズン中、すぐに): 対象となる作業を洗い出し、紙の掲示・朝礼での周知・緊急連絡先の一覧表を用意する。この時点ではシステムを使わない。
- 対応記録の画面化 (1〜2ヶ月): 誰がいつ体調不良を訴えたか、どう対応したかを画面に書き写す観察用の画面を1枚追加する。現場の報告のやり方や朝礼は変えない。
- 振り返りと来季への備え (シーズン終了後): 拠点別のWBGT超過日数や対応件数を集計し、来年度の人員配置や設備投資(補助金の活用を含む)の判断材料として蓄積する。
まとめ
熱中症対策の義務化への備えの本質は、新しいシステムを急いで導入することではなく、罰則のある義務は紙と掲示で今すぐ満たし、記録と振り返りの画面化は無理のない範囲で後から段階的に進めるという順序にあります。2025年の職場の熱中症死傷者数が過去最多を更新した以上、屋外や倉庫での作業が多い卸売業にとって、これは「そのうち考える話」ではなく、今シーズンの現実的な確認事項です。
引用元
- 厚生労働省 基発0520第6号(令和7年5月20日)「労働安全衛生規則の一部を改正する省令の施行について」 — mhlw.go.jp/content/001490909.pdf
- 厚生労働省「令和7年『職場における熱中症による死傷災害の発生状況』(確定値)を公表します」 — mhlw.go.jp/stf/newpage_73330.html
- 厚生労働省「令和6年『職場における熱中症による死傷災害の発生状況』(確定値)を公表します」 — mhlw.go.jp/stf/newpage_58389.html
- 農林水産省「食品産業の労働災害発生状況」(食品産業の従業員の安全と健康の確保) — maff.go.jp/j/shokusan/kikaku/attach/pdf/roudou_anzen-48.pdf
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