- 国内企業の IT 予算は 8 割が既存システムを維持するだけの運用費に使われ、9 割以上を保守に割く企業も約 4 割にのぼる (経済産業省 DX レポート)。
- 中小卸の「保守」は委託先やベテラン担当者への依存が強く、担当者の退職や委託先の縮小が起きた瞬間に、月次で何が起きているか誰も説明できなくなる。
- 解決は、保守で「何を・いくらで・誰が」対応するかを契約前に言語化し、対応状況を画面や簡易レポートで見える化すること。今の開発体制や委託関係を大きく変える必要はない。
「業務システムを入れてからもう 3 年経ちますが、毎月の保守費が何にいくら使われているのか、正直よく分かっていません」── 中小卸の経営者や実務責任者から、こうした話を伺うことが珍しくありません。導入時は画面や機能の話に集中していても、稼働後の「月次保守」がブラックボックスのまま何年も請求が続いているケースは少なくありません。
この記事では、IT 予算に占める保守運用費の実態と中小企業を取り巻く IT 人材不足の最新データを確認したうえで、月次保守の中身を知らずに放置した中小卸が実際に困った典型シナリオと、保守内容を最初から言語化して属人化を防ぐ進め方を解説します。
数字で見る、中小の保守運用と IT 人材不足の現状
- IT 予算の 8 割が既存システムの維持・運用 (いわゆる「ラン・ザ・ビジネス」) に使われ、9 割以上を保守に割く企業が約 4 割を占める (経済産業省「DX レポート ~IT システム『2025 年の崖』の克服と DX の本格的な展開~」)。新しい画面や機能に回せる予算は、最初からごく一部しか残らない構造になっている。
- IT スキルを持つ人材は 2026〜2030 年にかけて数十万人規模で不足すると試算され、「現状維持は最大のリスク」という強いメッセージが打ち出されている (2026 年版 中小企業白書・小規模企業白書の概要)。中小企業が保守の担い手を新たに確保する難易度は今後も上がり続ける見通し。
- 人手不足倒産は 2025 年に 427 件で 3 年連続の過去最多を更新。従業員 10 人未満の小規模企業が 77.0% (329 件) を占め、少人数の委託先や協力会社ほど、担当者 1 人の離脱が事業継続に直結しやすい (帝国データバンク「人手不足倒産の動向調査 (2025 年)」)。
- 正社員の人手不足を感じている企業は 50.6%。情報サービス業を含む 7 業種で 6 割以上が人手不足を訴えており、システム開発・保守の担い手側でも人材の取り合いが起きている (帝国データバンク「人手不足に対する企業の動向調査 (2026 年 4 月)」)。
- デジタル化の効果が出なかったと感じる企業ほど、「明確な目的・目標が定まっていない」ことを課題に挙げる割合が高い (2021 年版 中小企業白書 第 3 節 中小企業のデジタル化推進に向けた課題)。導入時の目的が曖昧なままだと、稼働後の保守でも「何のために何を維持しているか」が誰にも分からなくなりやすい。
これらの数字が示すのは、「保守」は導入後のおまけではなく、IT 予算とリスクの両方が集中する本丸だということです。担い手となる人材は今後も逼迫が続く見通しで、少人数の委託先や特定の担当者に依存した保守体制は、いつ止まってもおかしくない状態にあります。
業種別シナリオ ── 月次保守を知らずに立ち止まった瞬間
以下は特定の企業の実例ではなく、複数のご相談を踏まえて再構成した代表シナリオです。
シナリオ 1: 精肉卸 (地場の開発会社に委託、レジ・在庫連携)
10 年前に地場の開発会社へ依頼したレジ連携システムを、毎月定額の保守費を払って使い続けていた。ある月から委託先の担当者と連絡が取れなくなり、問い合わせても「対応できる者が他にいない」との返答。ちょうど発生していた在庫連携の不具合が数週間放置され、現場は Excel での手入力に逆戻りした。
シナリオ 2: 青果卸 (インボイス制度・税制改正への追随)
制度改正のたびに委託先から「追加改修が必要」と見積りが届くが、何が標準の保守範囲で何が追加費用になるのか契約書に明記がなく、経営者は毎回言い値で払うしかない。年間の改修費用がじわじわ膨らんでいるが、比較材料がないため妥当性を判断できずにいる。
シナリオ 3: 食品卸 (自社内製の集計マクロ、担当者退職)
総務担当のベテラン社員が独自に組んだ Excel マクロで日次の売上・在庫集計を回していたが、その社員が退職。マクロの中身を書ける人が社内に誰もおらず、軽微な不具合が出ても直せないまま、集計担当が手作業で穴埋めする状態が続いている。
解決の核 ── 保守で「何を・いくらで・誰が」動くかを最初に決める
月次保守で起きるトラブルの多くは、技術的な難易度ではなく、「何を・いくらで・誰が対応するか」が最初から言語化されていないことに起因します。
「現場を変えない開発」の考え方では、保守も開発の続きとして捉え、次の 3 点を導入時から明文化します。
- 何を: 保守の範囲 (不具合対応 / 軽微な変更 / 制度改正対応 / 追加開発) を分けて明示する。
- いくらで: 標準範囲は定額、範囲外の追加開発は都度見積りという線引きを契約時点で決めておく。
- 誰が: 対応できる担当者を複数人にし、特定の 1 人・1 社だけに依存しない体制にする。
さらに、毎月何が起きたか (問い合わせ件数、対応内容、優先度の判断基準) を簡易なレポートや画面で共有する運用にすると、経営者は保守費の中身を確認でき、担当者の交代が起きても引き継ぎの土台が残ります。既存の委託関係や開発体制を大きく変える必要はなく、「何が起きているかを見える状態にする」だけで、依存リスクの大部分は下げられます。
既製品で足りない理由
- SaaS はベンダー都合の仕様変更・値上げに一方的に従うしかない: 保守の中身はベンダー側の判断で決まり、利用企業側からは中身が見えない。
- パッケージのカスタマイズ部分は保守契約の対象外になりやすい: 標準機能は保守対象でも、自社向けにカスタマイズした部分は「都度見積り」の扱いになり、費用の予測が立たない。
- 自社内製 (Excel マクロ・簡易ツール) は担当者 1 人に依存する: 属人的に組まれた仕組みは、作った本人以外に中身が分からず、退職と同時にブラックボックス化する。
- SIer の保守契約は「連絡があれば対応する」型が多く、定期報告の発想がない: 何もなければ何も知らされないため、経営者は保守費に見合う対応が行われているか判断する材料を持てない。
取り組み方の 3 ステップ
- ステップ 1: 保守の棚卸し (2〜4 週間): 現在の保守契約書、過去の改修依頼、対応履歴を洗い出し、毎月何にいくら払っているかをまず可視化する。
- ステップ 2: 月次報告の仕組み化 (1〜2 ヶ月): 対応件数・対応内容・優先度判断の基準を、簡易な画面やレポートで毎月共有する型を作る。既存の対応フローは変えない。
- ステップ 3: 保守体制の複線化 (継続的に): 引き継ぎ資料を整備し、特定の担当者・委託先 1 社だけに依存しない体制を段階的に作る。
まとめ
月次保守は、業務システムを作った後の付録ではなく、判断材料の見え方をその後も維持し続けるための、継続的な仕組みです。IT 予算の大半が保守運用に吸い取られる構造は今後も変わらず、保守の担い手となる人材はさらに逼迫していきます。だからこそ、保守で「何を・いくらで・誰が」動くかを最初に言語化し、毎月何が起きているかを見える状態にしておくことが、特定の担当者や委託先に依存しない体制への最短ルートになります。
引用元
- 経済産業省「DX レポート ~IT システム『2025 年の崖』の克服と DX の本格的な展開~」(2018 年 9 月 7 日) — meti.go.jp/policy/it_policy/dx/20180907_02.pdf
- 中小企業庁「2026 年版 中小企業白書・小規模企業白書の概要」(2026 年 4 月 24 日) — meti.go.jp/press/2026/04/20260424005/20260424005-1r.pdf
- 帝国データバンク「人手不足倒産の動向調査 (2025 年)」(2026 年 1 月 8 日発表) — tdb.co.jp/report/economic/20260108-laborshortage-br2025/
- 帝国データバンク「人手不足に対する企業の動向調査 (2026 年 4 月)」— tdb.co.jp/report/economic/20260519-laborshortage202604/
- 中小企業庁「2021 年版 中小企業白書 第 3 節 中小企業のデジタル化推進に向けた課題」— chusho.meti.go.jp/pamflet/hakusyo/2021/chusho/b2_2_3.html
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