- IT投資を予定する企業は 88.8% (帝国データバンク 2025 年 9 月調査) まで伸びた一方、「パッケージが社内体制や業務とマッチしていない」課題は残ったまま (商工中金調査)。
- SaaS導入がうまくいかない典型パターンは「全業務を一度に乗り換えようとする」こと。得意先ごとの例外ルールや歩留まり計算まで吸収できず、現場がExcelに逃げてしまう。
- 解決は「全部乗り換え」でも「全部我慢」でもなく、SaaSは残したまま、合わない一部だけを個別開発で足す 段階的な判断。
「SaaSを入れたこと自体は間違っていないと思うんです。でも、うちの得意先ごとの掛率とか、部位別の歩留まり計算まではシステムが表現できなくて、結局そこだけExcelで二重管理しています」── 中小卸の経営者や情報システム担当から、こうした話を伺うことが珍しくありません。SaaS導入で会計や受発注の基本業務は楽になった一方、自社特有の例外業務だけが取り残され、「乗り換えるべきか、このまま我慢するか」の判断がつかないまま時間が経っているケースです。
この記事では、最新の統計で中小企業のIT投資とSaaS定着の現状を確認した上で、SaaSを使い続けるか個別開発に切り替えるかを判断する3つのサインと、既製品の限界、全部を乗り換えずに合わない部分だけを段階的に個別開発へ移していく進め方を解説します。
数字で見る、中小企業のIT投資とSaaS定着の現状
- IT投資を予定する企業: 88.8% が 2025 年または 2026 年にIT投資を実施・予定 (大企業 98.5%、中堅企業 87.4%、小規模企業でも 83.0%)。2025 年 9 月 5〜10 日、1,035 社対象 (帝国データバンク 2025 年 9 月 12 日発表)。
- 投資目的: ハード更新 (PC 買い替え等) 69.3%、ソフト更新 52.6% が上位。Windows 10 サポート終了 (2025 年 10 月 14 日) に伴う更新需要が中心 (帝国データバンク)。
- 導入して役立ったシステム: 会計ソフトが 39.8% で最多。生産管理システムは 8.8% にとどまり、業務の中核に近づくほど定着が薄くなる傾向 (帝国データバンク)。
- デジタル化「未着手」企業の割合: 2023 年の 30.8% から 2024 年は 12.5% まで減少。投資自体は着実に進んでいる (2025 年版 中小企業白書 第 5 節)。
- DXに取り組む・検討する企業: 39.1% で前回調査からほぼ横ばい。課題として挙がるのは「IT・DX 専門人材の不足」「予算の確保」 (中小機構「中小企業のDX推進に関する調査」2026 年 2 月)。
- ITツール導入が進まない背景: 「パッケージが社内体制や業務とマッチしていない」ことが課題として指摘されている (商工中金「中小企業のIT・ソフトウェアの活用状況に関する調査」2023 年 1 月)。
これらの数字が示すのは、「導入は進んだが、定着は足踏みしている」という段階です。会計ソフトのように標準化された業務ほどSaaSが定着し、生産管理のように会社ごとの手順が絡む業務ほど定着率が下がる ── この差が、「乗り換えるべきかどうか」を判断する出発点になります。
業種別シナリオ ── SaaSを使い続けるか、個別開発に切り替えるか迷う瞬間
シナリオ 1: 食品卸 (得意先30社超、掛率・出荷条件が個社ごとに異なる)
受発注SaaSを導入し、標準的な発注・請求業務は効率化できた。ところが得意先ごとの掛率・特殊な出荷条件 (曜日指定、複数拠点への分納など) はSaaSの標準項目で表現できず、結局「例外だけ」をExcelに手入力。SaaS側とExcel側で数字がずれ始め、月末に突き合わせる作業が発生している。
シナリオ 2: 精肉卸 (部位別歩留まり、1品目=1SKU前提のSaaS)
汎用の在庫・販売管理SaaSは「1品目=1SKU」を前提にした設計が多く、枝肉1頭が部位肉・副生品に多分配される歩留まり構造を表現できない。加工実績はいったんExcelで計算してからSaaSに転記する二度手間が常態化し、SaaSを入れる前より入力工数が増えたと感じている。
シナリオ 3: 青果卸 (季節・規格によって単位がケース/バラ/kgと変動)
販売管理SaaSを導入したが、品目ごとに「ケース」「バラ」「kg」と単位が変わり、さらに季節で規格自体が変わる青果特有の運用をSaaSの固定フィールドが吸収できない。現場は「システムに合わせて無理やり数字を作る」作業が増え、システムのために業務時間が増えるという逆転現象が起きている。
解決の核 ── 全部を乗り換えず、合わない一部だけを個別開発で埋める
3 つのシナリオに共通するのは、「SaaS自体が悪いのではなく、自社特有の例外業務だけがSaaSの標準機能からはみ出している」 という構造です。この場合の解決は、SaaSを全部捨てて個別開発に一本化することでも、例外業務を我慢してExcelで抱え続けることでもありません。
「現場を変えない開発」の考え方では、会計・請求・基本の受発注などSaaSが得意な標準業務はそのまま残し、SaaSの標準機能が吸収できない例外業務だけを個別開発の画面として追加 します。SaaS側のデータはCSVやAPI連携で個別開発側の画面と接続し、現場からは「いつものSaaS」+「例外業務専用の1画面」という見え方になるようにします。
この設計の利点は、SaaSへの投資 (ライセンス費用、既に慣れた操作画面) を無駄にしないまま、SaaSでは対応できなかった部分だけをピンポイントで解消できることです。全部乗り換える判断は初期コストも移行リスクも大きく、中小卸にとってハードルが高い一方、「合わない一部だけ」を個別開発で足す判断は、現状の運用を止めずに進められます。
既製品で足りない理由
- 標準機能はカスタマイズしにくい: SaaSはクラウド上の共通基盤で多くの企業に提供されるため、自社だけの例外ルールに合わせて画面や項目を作り変える自由度が低い。
- 業界特有の例外構造がテンプレートにない: 得意先ごとの掛率変動、部位別歩留まりの多分配、季節による単位変動など、卸売・食品流通特有の業務ロジックは汎用SaaSの想定範囲外になりやすい。
- 乗り換えコストが「合わないまま使い続ける」を選ばせる: 一度導入したSaaSからデータを全て移行し直すコストと手間を考えると、多少合わなくても使い続ける方を選んでしまう。
- 属人的な運用がブラックボックス化する: 例外業務をExcelやSaaSの周辺で個別に処理し続けると、担当者が代わった時にその処理の意味や手順が引き継がれず、システムの仕様も業務の実態も再現できなくなる (経済産業省「レガシーシステムモダン化委員会 総括レポート」2025 年 5 月)。
乗り換え判断の3ステップ
- ステップ 1 現状棚卸 (2〜4週間): 今使っているSaaSとExcelのどこで「二重入力」「例外だけ手作業」が発生しているかを洗い出す。SaaS全体を疑うのではなく、「合わない箇所」だけをリストアップする。
- ステップ 2 部分開発 (1〜2ヶ月): SaaSは残したまま、洗い出した例外業務だけを扱う画面を個別開発で追加する。SaaS側のデータはCSVやAPI連携で接続し、現場の操作手順を大きく変えない設計にする。
- ステップ 3 段階的評価 (継続): SaaSの契約更新や料金改定のタイミングで、個別開発側の範囲を広げるか、SaaSのまま維持するかをその都度判断する。一度で全てを決めきる必要はない。
まとめ
SaaSからの乗り換え判断の本質は、「SaaSを続けるか、全部やめて個別開発にするか」という二択ではありません。自社特有の例外業務がどこにあるかを見極め、そこだけを段階的に個別開発で埋めていく という順序の設計です。IT投資自体は8割を超える企業が進めている時代だからこそ、「入れて終わり」にせず、合わない一部だけを見つけて手を入れる判断力が、中小卸の現場を止めない業務システム化の鍵になります。
引用元
- 帝国データバンク「IT投資に関する企業アンケート」(2025 年 9 月 12 日発表) — tdb.co.jp/report/economic/20250912-it-investment/
- 中小企業庁「2025 年版 中小企業白書 第 5 節 デジタル化・DX」 — chusho.meti.go.jp/pamflet/hakusyo/2025/chusho/b1_1_5.html
- 中小企業基盤整備機構「中小企業のDX推進に関する調査」(2026 年 2 月) — smrj.go.jp/research_case/questionnaire/fbrion0000002pjw-att/202602_DX_point.pdf
- 商工中金「中小企業のIT・ソフトウェアの活用状況に関する調査」(2023 年 1 月) — shokochukin.co.jp/report/data/assets/pdf/futai202301.pdf
- 経済産業省「レガシーシステムモダン化委員会 総括レポート」(2025 年 5 月 28 日、IPA 掲載) — ipa.go.jp/disc/committee/begoj90000002xuk-att/legacy-system-modernization-committee-20250528-report.pdf
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